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ちょっと暗かった小学校時代。
そこで形成されたものは?
山本:小学校時代に東京から松江に移り住んでガラリと環境が変わったみたいだけど、それはどうして?
佐野:東京での生活が楽しかったんだよね。母も女学校時代ピアノをやってたらしいんだけど、東京の頃の両親の喧嘩ってバイオリンとピアノのどっちがいいかなんて、たわいもないもので(笑)。親父は鉄道模型つくったりもしてたし。俺は両親の知り合いの画家に毎週絵を習っていて…絵を習うというよりは遊んでもらったりどこかへ連れてってもらったり。 |
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山本:やっぱりお坊ちゃんじゃない。
佐野:そうかな、お坊ちゃんか、俺って?(笑)まぁ、とにかく、東京は楽しかったんですよ。それが松江へ帰ってから、親父は家業の医院を継ぐという重圧でなんかギスギスしてきたというか。それまで楽しく趣味の世界を満喫してきた両親の顔が、見る見る険しくなっていくわけ。で、長男として家を継いだ親父も、子供に、とにかく家業を継がすことがイチバンで…。
山本:代々続く医者ならではのプレッシャーかけてくるんだ。
佐野:そうそう。でもさ、俺は継ぐとか継がないとかどーでもよかった。家の事なんか知らねーよ、ってね(笑)そんな事よりも、毎日毎日、充実した日々を過ごそうぜーみたいな。家業を継いだ弟には迷惑かけたし、今は長男として「家を守る」ということを、自分なりの解釈でやらなくては…とは思っているけど。
山本:その頃、将来何かやりたいなって思ってた?
佐野:何かやりたいっていうか、とにかく将来医者になれよっていう重圧がイヤでね。あと、松江に移ってから両親は喧嘩ばかりしてて雰囲気が暗いし。ほんと家がイヤになってたってのでいっぱいだった時代。
山本:じゃあそんな時、家にあったHな写真入りの医学書とかへ逃避してたとか…。
佐野:うん、ウチの医院の看護婦さんにはイロイロと教えてもらってたけど(笑)。
山本:ははは、そっちのほうがいい(笑)
佐野:いや、そんなにいいもんじゃないよ。ほら、ウチは個人医院だから母は奥様なわけ。看護婦さんたちは母から抑圧されてるのよ。そのとばっちりが俺に向かうんだな。看護婦さんっていつも4〜5人で群れてるんだけど、両親の見ていないところで彼女たちから首締められたり頭グリグリやられたりね。ほんと、イジメ。ここで話せないようなムゴイ話もたくさんあってさ(笑)。いまだにドラマの現場とかで女優さんとかが群れてると、女性がたくさんいるってのは慣れ親しんだ空気なんだけど、なんかすごく用心する。あー、あの頃の事がトラウマになってるね。
山本:そのへんの暗い幼少時代が、今の佐野史郎たる独特のイメージをつくってるかもね(笑)。 |
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