■ゲスト:寺田恵子[KEIKO TERADA] 1985年8月、女性だけのロックグループ「SHOW-YA」でデビュー。高い演奏力とパフォーマンスを魅せる実力派女性バンドとして活躍。7thアルバム『Outerlimits』は、約60万枚を売り上げ、チャート4位となる。8thシングル『限界LOVERS』は、30万枚突破のロングセラーとなった。その後、女性アーティストだけを集めたイベント『NAONのYAON』を毎年日比谷野音で開催。国内のみならず海外でもロンドンやロサンゼルス、モスクワ、メキシコなどでライブをおこない注目を集める。1991年、方向性の違いにより「SHOW-YA」を脱退。1992年よりソロ活動開始するが、2005年オリジナルメンバー5名にて再結成。同年10月23日には、NHKホールにて『SHOW-YA大復活祭』を行った。 ・寺田恵子Official Homepage ・SHOW-YA公式サイト DVD「SHOW-YA大復活祭〜20th Anniversary Live〜」 2005年12月21日リリース! ご購入はSHOW-YA Webショップへ 山本:おおっ、いいねー。それでそれで? 寺田:で、その子が先生に言ったの。「ボク、寺田さんの隣はいやです。つまんないから」って(笑)。さすがにその時、おとなしい人間じゃだめなんだって思ってね。それで、3年生になる時に、クラス替えを機に友達をがらりと変えようと決意して、いきなり不良グループ入り。学校さぼったり、家の引き出しからお金取ったり。ナンパされて、男の子と一緒にご飯を食べに行ったりとか。 山本:それって、もしかして……小学校3年生で? 寺田:そうだよ。ナンパされたのは、習志野の陸上自衛隊の人(笑)。今、考えたら大変なことだよね。でも、その頃から、年上の女の人からいじめられるようになってきたんだよね。毎日、帰りに待ち伏せされて、傘とかで叩かれたりとか。なんでだろう。目立ってたのかな? 山本:きっとその頃からキレイで上級生の嫉妬を買ってたんだよ。ところで音楽に目覚めたのもその頃? 寺田:そうだね。姉がやってたエレクトーンを見よう見まねで始めたり。カルメン・マキ&オズの『私は風』を聴いて、私と声が似てるって感動して漠然と歌の仕事がしたいと思うようになった。幼稚園の先生がいうには、昔から音には敏感に反応してたらしいんだけどね。将来は絶対、音楽の道に進むべきだって。 山本:ずっとロックとか洋楽とかを聴いてたの? 寺田:ロックはバンドに入ってから。高校生の時、男子がバンドに入ってくれないかって言ってきてね。私は「カルメン・マキのコピーバンドだったらいいよ」っていう条件出して、初めてバンドに入ったの。それで楽器屋さんで練習してたのよ。そしたら、今度はそのお店の人から「女性バンドがあるんだけど、そっちのボーカルにならないか」って誘われて……年上の女の集団に入ると、自分がいじめられるって思ってたから、ずっと断ってたんだよね。でも、そのバンドにバイト先の友達が偶然いたから、じゃ、やってみようかなって。それが、今のSHOW-YA。当時はメドゥーサっていう名前でプログレバンドだったの。