[月刊チャージャー]
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バックナンバー 2006年1月号
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【連載】好きが高じてわらしべ社長 スーパーカブを乗り回していた中学生が、日本で8番目の自動車メーカーのオーナーに。株式会社 鈴商 代表取締役 鈴木敏夫
 2006.01 CONTENTS
 Theme No.1
Theme No.1ホームレスに学ぶ、失敗したその理由!
 Theme No.2
Theme No.2竹原慎二のボコボコ相談室 Round.3
 Theme No.3
Theme No.3コレジャナイロボ THE STORY
 Theme No.4
Theme No.4栄養ドリンクは、そのままオシッコに?!
 Theme No.5
Theme No.5あぶな〜いっ!!  15歳の女の子が、○○○を持って……
 Theme No.6
Theme No.6できるサラリーマンの“手抜き”仕事術
 Theme No.7
Theme No.7方向性の違いに悩んでバンド脱退も、5年かけてメンバー口説いて完全復活。
 Theme No.8
Theme No.8日本で8番目の自動車メーカーのオーナー。
 Theme No.9
Theme No.9頑張ってる男性の頭をなでなでしたいなぁ。
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【PROFILE】1947年生まれ。実家が自動車修理工場を営んでいたこともあり、幼い頃から二輪・四輪問わずに没頭。1977年に株式会社鈴商を設立し、以来、国産車・輸入車の販売を手掛けてきた。2004年、念願だったオリジナルカー「スパッセ」を開発し、販売を開始。日本で8番目の自動車メーカーとなる。 株式会社 鈴商

スーパーカブを乗り回す中学生。

 今も昔も、走ることが好きなんですよ。高級セダンで優雅に走るより、Gを感じながらスポーツカーで飛ばす方がいい。それが病みつきになったのは中学生の頃でした。時効だと思うので話しますが、近所で安く買ったスーパーカブを無免許で乗り回していたんです。弁解するわけじゃないけれど、そういうのが当たり前の時代だったね。家業が自動車の修理工場をやっていたという環境も大きかった。

 親父が進駐軍の仕事にたずさわっていたので、外車に乗せてもらう機会もあった。バイクにのめり込むあまり、ワークスライダー(バイクメーカーが持つレースチームに所属するライダー)をやった時期もあったなあ。こういう体験が積み重なって、今の僕を形作っているんだと思います。

 大学では機械科で学びました。部品の設計をやりたかったんですよ。ところが、いざ就職という段になって、入社試験ですべっちゃった(笑)。親父から「だったら家業を継げ」と言われました。僕も腹を決めて、まずは整備技術を磨こうとメーカーの整備士として就職しました。そのままいけばまずまず順調だったはずなんだけど、同級生に誘われて包装資材の販売会社を始めたことでケチがついた。そのうちの一人が遣い込みをやってしまい、1年で会社を売るハメになりました。

 心機一転、やっぱり家業を継いで頑張ろうと思ったら、兄が「俺が継ぐ」と急に言い出しちゃって(笑)。しょうがないから、実家の片隅にスペースをもらって、自動車専門の保険会社をつくった。その会社が、鈴商の前身となりました。

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 カイシャ非常口
 
 
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