[月刊チャージャー]
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バックナンバー 2006年6月号
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【対談】山本恭司のドリームセッション対談/ゲスト:デーモン小暮閣下 (世を忍ぶ仮の)小学生だった頃から、我が輩は同級生という民を征服していた。
 2006.06 CONTENTS
 Theme No.1
Theme No.1IT関連企業宣伝マンにして、古本屋店主
 Theme No.2
Theme No.2竹原慎二のボコボコ相談室 Round.8
 Theme No.3
Theme No.3株は、俺の話を聞いてからにしろ! Lesson.2
 Theme No.4
Theme No.4第2回/クルマ選び、自分選び。
 Theme No.5
Theme No.5サラリーマンのための、カンタン魔術入門
 Theme No.6
Theme No.6「好きな車の仕事で独立するぞ」という時、貯金はたった250万で、妻は臨月でした。
 Theme No.7
Theme No.7(世を忍ぶ仮の)小学生だった頃から、我が輩は同級生という民を征服していた。
 Theme No.8
Theme No.8毎週更新! コレジャナイロボ THE STORY
 Theme No.9
Theme No.9バナナマンの勝手に映画いぢり。PART.3
 Theme No.10
Theme No.10痴漢の手に、自分からお尻を押しつけちゃったんです…。
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「与作」に見るデーモン小暮閣下の方向性。


山本:僕、聖飢魔IIがまだアマチュアでやってる頃に、ミサ(ライブ)観に行ってるんだよね。「プロデュースしてほしいバンドがある」って言われてね。

閣下:そうなんだ? でも結局プロデュースしてない(笑)。

山本:うん、断っちゃった(笑)。いや、すごく面白いバンドだとは思ったんだ。でもさ、顔がKISSっぽかったじゃない? せっかくオリジナリティ持ってるバンドなのに、なんでわざわざ同じような顔にしてんのかなって引っかかって。

閣下:これは素顔なのでね、真似と言われても困るのだけど(笑)。まあ、KISSっぽいとはよく言われたなぁ。我輩は特段KISSのファンではないし、目指そうと思ったことすらないのに。そもそも、やってる音楽がまるで違うでしょう。

山本:確かにね。じゃあ、悪魔の音楽的ルーツを探ってみたいんだけど、デーモン閣下ってどんな音楽に影響受けて育ってきたの?

閣下:それはどこから話せばよいのかな? 10万年前?

デーモン小暮閣下
■ゲスト:デーモン小暮閣下
[His Excellency Demon Kogure]

約10万40年前に魔界にて発生。聖飢魔IIの主宰、ボーカリストとしてデビュー。魔暦紀元前B.D.5(1994)年にはCNNラリーキングショーに日本で活動するアーティストとして初めて出演。CM出演でも話題を集め、「写ルンです」CMにて大賞やタレント賞を受賞。魔暦元年(1999)、予定通り地球征服を完了。以降も「表現者」「演出家」「相撲評論」など幅広く活躍。邦楽器や日本の伝統芸能とコラボレートするプログラムを、聖飢魔II時代から約20年90余回展開。昨年6月に発表したソロ・BEST盤「LE MONDE DE DEMON」でも邦楽維新CollaborationのLIVE等多数の邦楽奏者たちと競演した曲が収録されている。昨年末には、地球デビュー20周年を記念し聖飢魔IIを期間限定再集結。以下の黒ミサ大教典(CD)、活動絵巻教典(DVD)類を本年続々発布。(詳しくは本記事3ページ目で紹介)
6月6日には地球デビュー20周年忌年本『聖飢魔II激闘録 ひとでなし』を発行。
デーモン小暮閣下オフィシャルHP
山本:ちょっと話が長くなっちゃうんで、40年くらい前からでどう(笑)?

閣下:我輩が、世を忍ぶ仮の姿(以下『世仮』)で小暮家に潜伏を始めた頃。当時はちょうど高度経済成長期で、小暮家は子供達にグローバルな感覚を身に付けさせようという教育方針を持っていた。

山本:わお!それでそれで。

閣下:その一環がクラシック音楽。世仮の姉はピアノを習っていたし、世仮の両親は、子どもが起きている間中、クラシックのLPをかけっ放し。

山本:すごい。クラシック漬けだったんだ。

閣下:ただし我輩が布団に入ると、なぜか民謡が流れ出す(笑)。ドライブに出かける時のBGMがラテン音楽。その上、テレビをつければ新御三家(※西城秀樹・郷ひろみ・野口五郎)や花の三人娘(山口百恵・桜田淳子・森昌子)が歌いまくってるという状況。更にTV番組の主題歌を歌うのも大好きで、音楽に関してはジャンルも何も関係ない、悪食。

山本:まさにグローバルな音楽環境だね。ところで、その中でも特に好きだったアーティストっている?

閣下:特定のアーティストを集中的に追いかけたことはなかったね。アルバムを買うという聴き方も選択肢にはなかった。ただ、ラジオのへヴィーリスナーだったから、当時出てきたニューミュージック、荒井由美やチューリップなどとともに、ロックも主なアーティストのシングルヒットするような代表曲は網羅して耳にしていたけど。どれもさわり程度。

山本:じゃあ、実際に自分で歌ってみたいとか、楽器をやりたいと思ったのはいつ?

閣下:歌は、ずっと世仮の小学生のあらゆる発表の場でみんなの前で歌っていたぞ。で、世仮の中2の時に、学校でギター部の発表会があったんだけど、そこで自作の歌をアコギで弾き語ったのが、ひとつ上の先輩だった佐橋佳幸氏。今ではセッションギタリストとして活躍の。それを見て「俺も来年ギター部に入ろう」って。

山本:先輩のプレイがギターを始めるきっかけだったんだ?

閣下:そう。

山本:決めたら即行動派なんだね(笑)。初めて弾いた曲とか覚えてる?

閣下:ザ・フォーク・クルセイダーズの「帰ってきたヨッパライ」。CとG7を繰り返すだけで弾けたのでね(笑)。

山本:懐かしいね!「帰ってきたヨッパライ」は僕もコピーしたよ。ギターはアコースティックだけ?

閣下:あの頃、エレキは不良のものというレッテルが貼られていたから、我輩が通っていた高校では基本禁止。

山本:そう? 僕なんかエレキギターのハードケースに教科書も詰めて通学してたけど。

閣下:それは格好いい!吾輩の高校はそれをやったら退学(笑)。でも、ギターをちゃんとやったのは世仮の高校2年くらいまでで、世仮の高校3年生からはうまいヤツにギター任せて、ヴォーカルに専念。

山本:実際どんな曲を歌ってたの?

閣下:世仮の高校3年の学園祭で歌ったのが…おかしいよ、「昴」に「マイウェイ」に「与作」。すげえ選曲。

山本:なんじゃそれは〜(笑)でもなんとなく、今に続く方向性が見えるね。歌い上げるタイプの歌というか、オペラチックというか。当時、ロックにはまだ興味なし?

閣下:ロック好きの友達からいろいろと紹介はされたし、世仮の姉が大学の軽音楽部でプログレ系のバンドをやってて、たまに録音係りとかで手伝っていたのだけど、これは面白そうだ、我輩も大学に入ったら絶対バンドをやろうと、決めていた。というか、我輩のためにある部活動だ、とすら思っていた。だから本格的に始めたのは大学に入ってから。

山本:栄光の早稲田時代だね。

閣下:世を忍ぶ仮の大学生ですが。

次のページは、「楽屋入りしたらまず、棺桶の組み立て。」

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