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尻尾の現実。
ロングテール理論の救いに「“売れない商品”を宝の山に変える」という惹句がある。その他のネット賛美と同様、この響きは「弱者を救済する」といった心地のいいものだ。昔気質の心を込めた職人芸や懐かしの嬬恋コンサートが蘇る。
だが、では、ロングテールの尻尾に束ねられる一本一本は、ほんとうにしあわせなのだろうか。どんなことになっているのか。
経済とはまったく畑違いだが秋田県で起きたふたつの事件が、本質を突いているように思える。藤里町で起きた彩香ちゃん及び豪憲くん殺人事件の畠山鈴香容疑者と、大仙市の進藤美香容疑者だ。33歳と31歳。2歳違いではあるが、このふたりの母親の間に多くの類似点が指摘されている。幼児虐待は全国で起きているし、その結果死亡した事件は数多いのにこの両者の事件が多くの注目を集めたのは、あるいは視聴率が採れるとの直感から多くのワイドショーが連日報じたのは、このふたつの事件が推理小説のような説得力を持っていたからに違いない。
ふたりは男出入りが激しかった。だが、高校までは地味で目立たず、いじめられていた。高校時代まで、いじめで苦しめられたことが克己心となり、奔放な異性交際にすすんでいった。それが行き過ぎて、我が子が邪魔になった。つまり、邪悪な動機があり非道な犯罪に結びついた。しかし、その動機は一般感覚として受け入れ難いものだったため、読者は迷い、捜査は進まず、ラストまで焦らされた結果、中編推理小説のような結末と一種のカタルシスを与えたのである。
鈴香、美香が高校時代を過ごしたのは、大雑把だが15年前ほど前のこと。1990年代初頭ということになる。バブルはすでに砕けていたが、余熱はまだ続いていた。いじめを有名にしたものに86年の中野・富士見中学いじめ自殺がある。犠牲になった鹿川裕史君(当時13歳、鈴香容疑者の1歳年長)は小柄で使い走り(パシリ)をやらせられていたが、遺書をみると気骨ある少年だったことがわかる。
このままじゃ「生きジゴク」になっちゃう、と苦しみながら「他のヤツが犠牲になったんじゃ、いみないじゃないか。もう君達もバカな事をするのはやめてくれ」と社会性のある言葉で訴えている。いじめが問題なのではない。自殺まで追い込む酷さが問題なのだ、とか自殺する側のハードルの低さが問題だという意見もあるが、バブル期には親の強弱が子供に反映される面が強かった。
鈴香、美香両容疑者はともに不遇な少女時代を送る。そして鈴香は栃木県内の温泉旅館へ仲居として就職することによって、美香は雑誌の出会い系投稿欄からはじめて「男狂い」といわれるような男性遍歴を開始するが、本人からすればこの時期こそ自由に飛翔できた頃だ。
東京学芸大教授で家族社会学を専攻する山田昌弘教授は『結婚の社会学―未婚化・晩婚化はつづくのか』(96年)の中で「恋愛の自由化が始まった」と言っている。達見であり、後の婚姻制度の変更などもその考えを裏付けている。
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