
バレンタインはブランド戦争状態?
南米ヴェネズエラの孤島チュアオには、自然のままの遺伝子をもつカカオが存在する。個性的な風味をもち、世界最高と称される「伝説のカカオ」。かつてはスペイン王朝が独占したという。
ちょっとネットサーフィン(この言い方まだ通じるのか?)しただけで、バレンタインデーの、ひっくり返るような先鋭化が見てとれた。「伝説」のスペインからは、世界デザートコンクール優勝のオリオ・ブレゲが日本のバレンタインを彩っている。彼は予約を取るのは1000倍の競争率と言われるスペインの超有名レストラン『エル・ブジ』の元菓子担当。そんなもの気軽に口にしていいのかと恐れ入ってしまう。
さらには、ベルギーを代表する『マルク・ドゥバイヨル』。4つのディプロマに輝く『ピエール・マルコリーニ』。ブルーリボン賞7回受賞に輝く『ミッシェル・リシャール』。史上最年少でM.O.F.(フランス国家最優秀職人)に輝いた『パスカル・カフェ』。…これらの店舗は全て日本に存在するのだ。どうやら日本のチョコレート界は、パリ・コレクション並のブランド戦争状態にあるらしい。
超高級ブランドの御旗を掲げつつ、バレンタインチョコレートはロングテールにつきまとう「安物の荒波」に反抗しているかのようだ。と、ちょっと嬉しくなった。
そもそも、バレンタインデーとはいつから? よく引用されるのは1958年(昭和33年)2月に、メリーチョコレートが新宿・伊勢丹の売り場に手書きで「バレンタインセール」の看板を出した話だ。3日間で売れたのは30円の板チョコ5枚と4円のカード5枚だけという惨敗だったという。
また、村山なおこの『ケーキの世界』によれば、その2年前、1956年に不二家がバレンタインセールを開始したという説もある。元ソニープラザ店長で「お菓子博士」と信呼ばれる田島慎一は、1953年に森永キャンデーストアが仕掛けたと記憶する(『世界中のお菓子あります』)と述べている。どうやら、「戦後」復興期にいくつかの店がチャレンジしたものの、習慣として定着したのは70年代ということらしい。TVニュースで加熱ぶりが報道されたのは1978年と同書にある。
ちなみに、ハート形チョコを売り出したのは、あの不二家だとか。バレンタインデー熱が沸騰した頃、チョコレート、つまり菓子業界は熾烈な競争のただ中にあった。1971年の「GATT」すなわち貿易関税の一般協定で、キャンディー、チョコレート、ビスケットの輸入が自由化される。さらに、1985年のプラザ合意による円高で、それまで高級品だった洋菓子は二束三文になる。
で、安くなったチョコレートとバレンタインデーの盛り上がりは「ファンシーおじさん」を生んだりもした。
<1>あまりにも安いチョコは義理チョコといえども気が引けるから、女の子はキャラクターチョコを職場オヤジに配る。
<2>「女の子はキャラクターものが好きなんだ」と職場オヤジは勘違いする。
<3>翌週からオヤジはドナルドダックのソックスを履いてきたりする。
これがファンシーおじさん誕生までの3段階だ。
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