[月刊チャージャー]
ChargerTOPChargerについて [Yahoo! JAPAN PR企画]

山本恭司のドリームセッション対談
 | 1 | 2 | 3 |
【対談】山本恭司のドリームセッション対談/ゲスト:石原慎一郎(アースシェイカー) 一夜限りの再結成ライブで大失態。これじゃいかん、と本格的に再結成へ。
Vol.13〜はコチラ
 Vol.12
Vol.12デーモン小暮閣下[His Excellency Demon Kogure]
 Vol.11
Vol.11斉藤光浩[Mitsuhiro Saito](BOWWOW)
 Vol.10
Vol.10ROLLY(寺西一雄)
 Vol.9
Vol.9大谷令文[REIBUN OHTANI]
 Vol.8
Vol.8マーティ・フリードマン[MARTY FRIEDMAN]
 Vol.7
Vol.7寺田恵子[KEIKO TERADA](SHOW-YA)
 Vol.6
Vol.6石原慎一郎[Shinichiro Ishihara](アースシェイカー)
 Vol.5
Vol.5二井原実[MINORU NIIHARA](X.Y.Z.→A/ラウドネス)
 Vol.4
Vol.4根本要[Nemoto Kaname](スターダスト・レビュー)
 Vol.3
Vol.3未唯[MIE]
 Vol.2
Vol.2サンプラザ中野[Sunplaza Nakano]
 Vol.1
Vol.1佐野史郎[Shiro Sano]
ディスコグラフィー
バックナンバーINDEX
[月刊チャージャー] TOPヘ
 
大学時代、絶対プロになるという妙な自信があった。


山本:今日のゲストは、アースシェイカーのギタリスト、石原慎一郎くんです。俺たちはみんな“シャラ”って愛称で呼んでるんだけどね。それにしても、シャラは昔からいつもニコニコしてるイメージが強いよね。小さい頃から、ずっとそういう感じだった?

石原:親の言うことも聞くし、礼儀も正しくて学級委員もやってたし。自分でいうのもなんですけど、幼稚園〜小学校まではかなりいい子でしたね。

山本:小学校までっていうことは、そうじゃなかった時期もあったんだ?

石原:中学校に入ると、最初のハードロック体験がありましたから。友達がギターでディープパープルの『スモーク・オン・ザ・ウォーター』を弾いてくれて。それですぐに俺もギターにのめり込んだ。でも、友達にはまんまとダマされて、はじめて買ったのがアコースティックギターで。

石原慎一郎
■ゲスト:石原慎一郎
[Shinichiro Ishihara]

1978年、高校の同級生だった二井原実(X.Y.Z.→A/ラウドネス)らと共にアースシェイカーを結成。その後、メンバーチェンジを数回経た後、1983年にアルバム『EARTHSHAKER』でメジャーデビュー。1986年には国内のハードロックバンドとしては初の武道館ライブを開催。1993年には7th SINGLE『Say Goodbye』を発売し、各地の有線放送局で1位を飾るものの、同年12月に“使命をまっとうしての発展的解散”と衝撃の発表をする。その後、樋口宗孝、寺沢功一、二井原実と結成したSLYでの活躍を経て、1999年には5年振りにアースシェイカーを再結成。現在は、天野月子、二丁拳銃らのプロデュースも務めるなど多忙を極めている。
アースシェイカー 公式サイト
山本:俺も最初はお金がなかったから、家にあったマンドリンからはじめたんだ(笑)。当時は世間的にギターをはじめると不良だっていうイメージがあったよね。いい子だったシャラも、一気に不良の仲間入りしちゃったわけだ。

石原:付き合っていた友達はそんなに不良ってわけじゃなかったんですけど、音楽が好きで髪も伸ばしていたし、勉強もしなくなったし。親を泣かすようなことはしなかったけど、だいぶ心配はかけたでしょうね。

山本:俺は家の中じゃ荒れてたなあ。親の言うことなんて絶対聞かなかったし。友達もワル系のヤツ少なくなかったね。それこそ番長みたいな奴とかね。でも、彼らの前でビビりながらもギターを弾くと、逆に「うまいじゃねーか」って一目置かれたりしてね。ちなみに人前ではじめて演奏したのはいつ頃?

石原:中学からバンドをはじめて、高校2年の時に文化祭に出たんです。そこで、初ステージなのに、やたら客に受けちゃったんですよ。その時の体験があったから、いまだに音楽をやり続けていられるんでしょうね。

山本:その頃のバンドがすでにアースシェイカーだったの?

石原:いや、高校の別のバンド。大学に入ってからですね、本格的にプロを目指そうと思ったのは。その頃は妙な自信があって、お金もないのにギブソンとか、マーシャルを次々に買ったりして。周囲のギターやってる奴には負けるかって感じで。

山本:シャラは大阪だっけ? 当時の大阪はハードロック熱が高かったよね。

石原:どこそこの誰がめっちゃ上手いとか、すぐにいろんな噂が耳にはいってくるんですよ。で、俺は俺でそいつらには負けんぞって。結局、当時、有名だった連中はみんなプロになりましたね。

山本:俺なんか島根だから、他人と自分を比較することも最初はなかなかできなかったな。もちろん、上手い奴もいたけど、やっぱり絶対数が少ないからね。常に色んな海外のバンドのレコード聴いてて、そのギターフレーズを全部コピーできたら、「もう俺は世界レベルなんだ」とか勘違いしてたりして。

石原:当時は、ディープパープルさえ弾ければ、プロになれると思ってる人が多かった(笑)。

山本:速弾きを完全コピーさえできればプロになれるとかね。そんなわけないのに(笑)。

123| >>
 
PR企画についてのご意見・ご感想をこちらまでお寄せ下さい。
Copyright (C) 2010 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.