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山本恭司のドリームセッション対談
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【対談】山本恭司のドリームセッション対談/ゲスト:マーティ・フリードマン あのメガデスの元ギタリスト。そのキャリアを活かし、日本で新たなる挑戦!
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MADONNAのオーディションを蹴ってMEGADETHへ。


山本恭司
山本:
プロとしてデビューしたのはいつくらいなの?

マーティ:僕はいつデビューしたかわからないんですよ。もちろん、メジャーレーベルと契約したのはMEGADETHが初めてだったんですけど、その前に組んでいたバンドも最高で、今でもその当時のデモテープを聴いてもカッコイイと思えるし。日本に初めて来たのもこのバンドでしたね。89年かな。パンクとハードロックの融合が凄かったバンド。

山本:じゃあ、そこからMEGADETHに入ったキッカケはなんだったの?

マーティ:僕の友達の友達がMEGADETHのマネージャーをやってて、60人くらいギタリストのオーディションを繰り返したけど、いい人が見つからないんだって教えてくれて。で、たまたま同じ週の金曜日にMADONNAのバックバンドのオーディションがあったんだけど、火曜日のMEGADETHを選んで上手くいったというわけ。

マーティ・フリードマン
山本:
それで一気にスターダムを駆け上がっていったんだね。どうだった?

マーティ:それまでが超ビンボーだったから、ただ、ありがたい気持ちでいっぱいでしたね。ホームレス時代を思うと感謝感謝ですよ。はじめて自分がMEGADETHのギタリストなんだなって実感したのが、小さな会場でやったシークレットライブ。MEGADETHのファンは熱狂的だから、会場内の空気が迫力ありましたね。別の世界に足を踏み入れたって感じで、ライブが終わった後は全身がシビれました。

山本:それからは、文字通り世界中を股にかけて活躍するわけだけど、そんな素晴らしいバンド、将来も約束されたようなバンドをなぜ抜けることにしたの?

マーティ:MEGADETHで9年やってきて、10年目で新しいことに挑戦したくなったんです。いくら人気があったとしても自分が納得いかなかったら、ダメじゃないですか。それに自分が飽きている姿を見られたくなかった。毎日同じ曲を弾くことの繰り返し……。MEGADETH最後の頃は、人間ジュークボックスになった気分だった。その頃ですよね。Jポップにハマったのは。ライブが終わった後はツアーバスに一直線。で、大音量でB'zとか広瀬香美とかを聴いて。みんなには頭がおかしいと思われてたみたい(笑)。それで次は日本で音楽やりたいって思うようになって、もう行くしかないって思ってました。

山本:それで本当に日本に移り住んじゃうんだから、すごい決断力だよね。

マーティ:勇気いりました。でも、日本でJロックがやりたかったし、修行のつもりで来ました。日本語はある程度話せるようになっていたから、あとは実際に住んで頑張るしかないと思ったんです。

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