■ゲスト:橘高文彦(筋肉少女帯・X.Y.Z.→A) 1965年、大阪生まれ。84年、高校卒業と同時に『AROUGE』でプロデビュー。18歳でセルフプロデュースを手がける。89年『筋肉少女帯』にギタリストとして参加。94年にはソロアルバム『Euphoria』を発表。98年には『X.Y.Z.→A』を結成し、翌年、活動休止中だった筋肉少女帯を脱退。その後、『X.Y.Z.→A』で精力的なライブ活動を展開している。今年になって、大槻ケンヂと仲直り。12月には『筋肉少女帯』正式再始動で注目を集めている。 ・橘高文彦 オフィシャルサイト ・筋肉少女帯 復活情報局! ・X.Y.Z.→A オフィシャルサイト 山本:一人きりの家で何やってたの? 橘高:食事するテーブルとテレビの間に鏡を置いて、眺めてましたね。ナルシズムとしての鏡じゃなくて、寂しがり屋の鏡なんです。鏡を見れば、もう一人の僕がそこにいるから寂しさが紛らわせたんですよ。 山本:鏡って、ちょっと怖いイメージもあるけどね。でもなんか情景が浮かんで切なくなるな。その頃は、まだギターは弾いてなかったの? 橘高:僕がギターを始めたのは、小学校の必修クラブだったんです。若い女性の音楽教師がいて、授業中にやたら元気に指揮するんです。すると、腕を振るから服の裾が上がってちょっとお腹が見えたりして。初期衝動を覚えたというか(笑)。その先生がギター部の受け持ちだったんですよ。ギター部に入るには家にギターがなきゃいけなかったんだけど、なぜか家に誰も弾かなくなったガットギターが転がってて。ちょうど、KISSの初来日で衝撃を受けたのと、ギター部に入ることができて喜んでたのは同時期だと思います。 山本:ははは、いいね〜、その初期衝動って。で、小学校の時に、いきなりKISSを弾き始めた? 橘高:いえいえ全然。ギター部で最初、CとAマイナー、そしてFを教えてもらったんです。そうしたらまた、その先生が「才能がある!」って褒めてくれて。恋心ゆえの根性で練習しましたね(笑)。 山本:へえ、恋に燃え、先生のためにギターを弾きまくる小学生かー、見てみかったな(笑)。じゃあロックギターはいつ頃から? 橘高:KISSのスコアを手に入れて、音符は読めないから、自分でギターのネックの絵を描いてフレットごとに音名を書き込んだりして、それで練習してたりしましたね。音楽は勉強してないけど、中2くらいで「あ、この音はこう繋がってるんだ」って気付いたりして。 山本:努力家だったんだ! 橘高:いやあ、好きだったんですよ。そういうのが。ギターソロもただコピーするんじゃなくて、まずはアドリブみたいにしてなんとなく覚えたり。 山本:コピーも大事だけど、すでに自分を表現したいって思ってたのかもね。僕も最初はオリジナルのようには弾けないし、それらしく聞こえるように工夫しつつアドリブで弾いてたな。 橘高:ですよね。コピーのほうが難しいもん。弦楽器の難しいところって、同じ音程が何カ所もありますから。 山本:同じ音を違う弦で弾くと、表情も変わるってとこがギターの深さでもあるんだけどね。そんな風に練習を続けるうちに、たとえば、Fを1個覚えることで、ハイコードで全部のコードが弾けることに気付いたりしたでしょ? 橘高:そうなんですよ。練習してると、突然パッと世界が広がるような感覚があったのは、今でも鮮明に覚えてますね。 ●次のページは、「高校在学中にプロ契約!」