[月刊チャージャー]
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好きが高じてわらしべ社長
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【連載】好きが高じて、わらしべクリエイター 全高3.8メートルの実物大搭乗型ロボットを作り上げた男。 鉄鋼アーティスト 倉田光吾郎
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【PROFILE】1973年東京都生まれ。幼少の頃からプラモデル製作に熱中し、作ることの喜びを知る。18歳で『FROM-A-THE-ART』で佳作を受賞し、個展を開く。その後、調香師である島崎直樹の『香り展』のオブジェを製作し、鉄鋼アーティストとして活動を開始。26歳のときに新国立劇場で公演した『フィガロの結婚』で舞台装置制作を担当。その後、ベルリンで1年間の休養を経て、『装甲騎兵ボトムズ』の実物大スコープドッグ製作を手掛け、注目を集める。ブログサイト『なんでも作るよ。』公開中。

自由な素材「鉄」だからこそ、何でも作れる。

 いまでこそ鉄鋼アーティスト、金属造形作家なんて呼ばれてますが、最初から鉄に興味を持っていたわけじゃありません。ただ単に、鉄がクリエイターとして、最も使いやすい素材だっただけ。熱して、溶接して、切断して……自分の好きな形にするのに自由が利く。小さなモノから大きなモノまで、鉄の素材特性が最も自分にマッチしていたんです。

鉄鋼アーティスト 倉田光吾郎鉄鋼アーティスト 倉田光吾郎鉄鋼アーティスト 倉田光吾郎
 きっかけは、高校2年生のとき。『FROM-A-THE-ART』に出展した鉄製ベースギターが佳作を受賞し、そのままの流れで高校卒業後すぐに個展を開き、クリエイターの道を歩むことになったんです。僕の周りの人間はみんな大学に進学したので、レールの敷かれていない道を歩むのはとても不安でした。でも、元々モノ作りが好きだったので、職業にするというよりは、そういう生き方を実践したかったんです。もちろん、いきなりビジネスとして確立できたわけではありませんが……。

 最初は、オペラの舞台装置作りを手伝ったり、知り合いの仕事をアシストしたりしていましたが、自分への先行投資と考え、あえてお金は一銭ももらいませんでした。本来、僕の仕事はクライアントが望むもの以上のモノを作成するのが使命だと思っていますから、小銭を稼ぐために小さくまとまった物を作るより、予算を度外視してでも作りたいものを作るべきだ、と。この下積み時代に、お金を稼ぐ事とモノを作る事の関係、クリエイターとしてお金をもらう意味を意識できていたのは、自分にとって非常に良かったですね。でも、カッコいいこと言っても、やはり金銭的に苦しくなるから、近所の弁当屋でアルバイトをして、生活費や材料費などの日銭を稼いだこともありますよ。

 そして、初めて仕事として成立させたのは、'96年に青山スパイラルガーデンで開催された調香師の島崎直樹『香り展』でのオブジェ。それからは、'99新国立劇場で公演したオベラ『フィガロの結婚』の舞台セットを制作したり、レストランなどの商業施設の門扉、看板、階段の手すりなど建築物に付随するさまざまなモノを作ったりと、仕事が徐々に増えていきました。

 基本的には、施主や設計家から依頼があるんですが、そこで意見を聞いて、僕のやりたいイメージと合えば、仕事を受けるというスタンス。やりたくないことはやらない。でも、依頼してくる時点で、具体的な案を持ってくる人は少ないので、結果的にほぼ僕のイメージどおりになってしまう事が多いですけど。たしかに趣味を仕事にすると、それが辛くなって興味が失せてしまう場合もありますが、僕は仕事にするからこそ、予算や時間などの面で可能性の幅が広がると思っています。

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 カイシャ非常口
 
 
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