[月刊チャージャー]
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好きが高じてわらしべ社長
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【連載】好きが高じてわらしべ社長 グラビアアイドルの“チチ親” 野田社長の巨乳ビジネス一代記 サンズエンタテインメント:野田義治
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月収100万円のソープランド店長か、
月収7万円の芸能プロか!?


野田義治野田義治
イエローキャブ設立時の野田氏
 そうこうしているうちに、ウチの店がつぶれちゃってね。日本人バンドがどんどんダメになっていってさ。ディスコが若者のものから大人向けにシフトしていったんだ。それと同時に歌舞伎町のゴーゴー喫茶も減って、結局、ウチの店も無くなっちゃった。そうだなあ……人生の後先が見え始めた時期だよね。

 そこで明日からどうしようとか考えていたら、親会社から「月給100万円で川崎のソープランドの店長をやってくれないか?」って言われてね。それと同じ頃、以前にブッキングを手伝っていた先輩からは芸能界に誘われてて。こっちはなんと月給7万円(笑)。いろいろ悩んだんだけどさ、ゼニカネより好きなことをやってたいなって決断したんだよね。

 それで、まずは大手の渡辺プロ系列の芸能事務所で、マネージャーとして働き始めたんだ。最初についたのが、当時の芸能界でも「3本の指に入るほど扱いが難しい」と言われていた、いしだあゆみさん。今では、この人のおかげで現在の俺がいると思っているくらいの大恩人なんだけど、当時の俺はそうは思えなかったんだな。ただ気難しいとか、小うるさいとか、金に細かいとか……そういう見方しかできなかったんだ。実際は仕事に対してシビアでプロフェッショナルだっただけなんだよ。今考えればね。

  だから、俺みたいな青二才には理解できないことも多かった。辞めようと思ったことも多かったしね。ちなみに、いしださんって、スリムに見えて、じつはすごくグラマラスなんだよな。ステージを脇で見てて見惚れるほど……。ひょっとしたら、俺のその後の「巨乳路線」は、当時のいしださんにヒントを植えつけられたのかもしれないね。

 イエローキャブを立ち上げたのは、80年代に入ってから。たまたま遊び仲間の黒澤久雄が映画を作るって言うんで、それじゃ俺も事務所でも作ろうかと。当初は黒澤のオヤジさん(故・黒澤明監督)の映画にも出演した山咲千里なんかも所属していたんだよ。俺がスカウトしたタレント第一号は堀江しのぶ。最初は、どこのテレビ局も編集部も相手にしてくれなかったなあ。そりゃそうだよね、顔も名前も知らない若い小娘なんて使い道がない。でも、俺だって事務所を経営していかなきゃいけないから、どうしたら良いんだって毎日頭ひねって考えていたんだ。
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 カイシャ非常口
 
 
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