実の父親からクビにされる。
実家は建具屋なんだ。女ばかりの姉妹の中、僕はやっと生まれた長男だった。当然、跡継ぎだよね。親父は厳しい人で、口よりも先に手が出るタイプ。よく殴られた。星一徹を地でいくような人だった。模型を作ってると、露骨にイヤな顔をされたよ。「最初から部品が揃ってるものを組み立てて、何が面白いんだ」ってね。何もないところからモノをつくる建具屋のプライドだったんだろうけど。
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| ファインモールドの工場はこぢんまりとした広さだが、金型設計から金型制作、射出成形に必要な設備は全て完備。打ち合わせもこの工場内の一角で行われるし、CAD設計や取扱説明書の作成、資料棚などもあり、製品づくりの一から十までが詰まっている。 |
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でも、こっちはそんなこと構っちゃいられない。高校の建築科に進んだはいいけど、仲間を集めて模型の同好会を結成してしまったわけだ。文化祭で飛行機の模型をズラッと展示したら、新聞に載るほど評判になってね。同好会から部へと昇格させることができた。味をしめて次の文化祭では1/72スケールの空母を作った。ものすごいデカさだよ。またも取材されてメディアに載り、活動はどんどん本格化していった。これが、僕が会長を務めた模型サークル「無限軌道の会」の原型。
とはいえ、この頃は模型で食っていこうとまでは考えなかった。いずれはやっぱり建具屋を継ぐんだろうと思っていた。だから、高校を出た後はおとなしく建具屋の修行を始めたんだ。ところがさ、19歳になった僕に親父が突然言ったんだよ。「おまえはやっぱり職人に向いとらん」。これってクビ宣告だよね。まあ、見る目はある人だったから、何かしらの根拠はあったんだろう。親子で仕事を続けても互いに甘えが出てしまうとかね。でも、こっちは困っちゃうよな。
しょうがないから、高校で学んだ建築を活かそうと設計事務所に入った。1年半くらい勤めたんだけど、これがどうにも面白くない。模型を作るのは楽しいんだけど、家を作るとなるとやる気が全然湧いてこない。同じモノづくりなのにこうも違うのかと思い知らされた。それで決意を固めたんだ。よし、やっぱり模型をやろう、と。。
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