趣味の会話で終わった、宮崎監督との版権交渉。
鳥山さんは当時、「Dr.スランプ」を終え、「ドラゴンボール」の準備をしていた頃だったと思う。すでに超人気マンガ家だったし、本来ならアマチュアが持ち込んだ企画を手掛けるヒマなんかなかったはずだ。ところが、デザインとパッケージアート、それに説明書まで快く引き受けてくれた。こうして生まれた念願のオリジナル「リーザ」は、月に4000個を売り切る大ヒット商品になったんだ。
 |
| 漫画家鳥山明にデザインを依頼したワールドファイターコレクション。ドイツの「モデル・デス・ヤーレス」(年間傑作模型賞)を受賞したスター・ウォーズシリーズのXウイング。宮崎駿監督作品「紅の豚」サボイアS.21。軍用機や戦闘艦艇以外にもキャラクター関連キットの制作も行っている。 |
|
これを皮切りに、次々に大ヒットが……といけばよかったんだけど、現実はそう簡単じゃなかった。「リーザ」成功の直後に独立して会社を始めたんだけど、わずか1年で清算。残った10万円で小さな旋盤を買い、六畳間で小さな部品の製作を請け負うことから再出発。部品が売れてお金が入ると、フライス盤を買って仕事の幅を広げ、またお金が入るとまた機械をひとつ増やして……と、このへんはまさに「わらしべ」だね。そうやって、今の会社を作り上げていったんだ。
ファインモールドの名前が知られるようになったきっかけは、やっぱり「紅の豚」と「スター・ウォーズ」かな。特に「紅の豚」に登場する飛行機を手掛けた時は、業界内のちょっとした事件にまでなった。あのアニメーションに目をつけたメーカーは多くて、あちこちがスタジオジブリへ版権交渉に訪れては、門前払いを食らっていたんだ。それなのに、よりによって愛知県の無名メーカーがなぜ?と話題になった。じゃあ、僕と宮崎さんの版権交渉の様子はどうだったかというと、これがまったく仕事の話はしてないんだよ。どんな飛行機が好きかとか、あの飛行機はどこがいいとか、趣味の会話を延々と繰り返していただけ。それなのに任せてもらえたんだから、不思議だよね。
鳥山さんの時もそうだったけど、ひとことで言うなら波長があったということなのかな。本物のマニア同士としてね。日本には、自称も含めて「オタク」と呼ばれる人がたくさんいるけど、僕に言わせれば甘い甘い。ほとんどが単なるファンの域で、本物はひと握りしかいない。少なくとも、同じ話題で24時間ぶっ続けでしゃべれるくらいじゃないと話にならないよ。
●次のページは、「企画なんて、5秒で決まる。」 |
|