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移住者クリエイターが集まるまち 飛騨古川が、東京や世界と並ぶ「選択肢のひとつ」に

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グッとくる飛騨 - あなたの移住プロジェクト

Sponsored by グッとくる飛騨

配信期間:2017/04/10(月)〜05/09(火)

「FabCafe Hida」に集合

「FabCafe Hida」に集合

田舎暮らしへの志向がこの数年高まっている。都会にはない豊かな自然やのんびりとしたスローライフへの憧れ。一方で、地方では仕事がないとか、刺激が足りないという話もよく聞く。地方移住者にまつわる話は、希望のあるエピソードも、なかなか困難を伴うというエピソードも伝え聞こえてくるが、そうしたなか、クリエイターが集まり、若者たちや外国人でにぎわっている小さなまちがあった。

岐阜県飛騨市にある、古川町弐之町(にのまち)。このまちにはなぜか、クリエイターの移住者が集まっている。彼らは「東京で生活していたときよりわくわくする」「アイディアがどんどん膨らむ」と目を輝かせていた。

鍵となるのは、ものづくりの拠点である「FabCafe Hida」と、外国人旅行客向けのガイドツアー運営会社「美ら地球(ちゅらぼし)」だ。

古くから木工のまちとして知られる、飛騨古川

みなさんが飛騨と聞いて真っ先に連想するのは飛騨高山かもしれないが、今回紹介するのはそのお隣、飛騨市古川町。ここも高山と同様に木工・林業を中心に栄えた、昔ながらの美しい町家が残されているまちである。現在150人以上の「飛騨の匠」がおり、若手を育成する岐阜県立の専門学校もある。
飛騨古川といえば、昨年、新海誠監督のアニメーション映画『君の名は。』の舞台として有名になったのも記憶に新しい。

飛騨古川駅。『君の名は。』を観た人は見覚えがあるのでは?

飛騨古川駅。『君の名は。』を観た人は見覚えがあるのでは?

数年前まで飛騨古川の移住者の仕事といえば観光業だった。外国人旅行客に英語のガイドツアーを行うSATOYAMA EXPERIENCEの運営会社美ら地球には、今もUターン・Iターンの移住者が多く働いている。

ものづくりの拠点であるFabCafe Hidaができたのは2016年4月のこと。立ち上げたのは、株式会社飛騨の森でクマは踊る(通称ヒダクマ)だ。飛騨産の広葉樹を中心に調達し、建築家やデザイナーと職人の共創を促して製品を開発している。

飛騨の木を使い、飛騨でものづくり――FabCafe Hidaの考え方

今、全国のあらゆる地域は、「この土地のいいところを新しい層に伝えたい」という想いを持っている。しかし地元のクリエイターがいない、連携が取れないとの問題から、コミュニティデザインや産業・商品デザインを東京など地域外の人材や組織に頼ることが多い。一方、飛騨古川には多くの移住者クリエイターがいて、「地産地消のデザイン」を試みることができる。

ヒダクマがFabCafe Hidaを立ち上げたのは、伝統的な木工文化が息づく飛騨古川と、飛騨とは異なる空気を吸ってきた移住者クリエイターを結びつける「場」があれば、より面白いものが生まれるのではと考えたからだ。飛騨の広葉樹の活用と伝統の組木のアップデートをミッションに置くヒダクマにとって、ものづくり拠点の存在は必須だった。FabCafe Hidaで飛騨の木材が使われ、その場でプロダクトやデザインが生まれれば、「地産地消のデザイン」が実現できる。それは、飛騨古川の地域ブランド全体に寄与することにもつながるとの想いもあった。

FabCafe Hidaの工房

FabCafe Hidaの工房

FabCafe Hidaの設備は本格的だ。木材の乾燥室や加工道具、レーザーカッター、3Dプリンターなどを完備しており、コーヒーを飲みに来た人も気軽にものづくりにふれられるような場になっている。国内や海外の建築家/芸術系の学生の合宿に使われ、クリエイター・イン・レジデンスとして利用されることもある。

FabCafe Hidaで行われていた、神戸芸術工科大学の合宿での箸づくり

FabCafe Hidaで行われていた、神戸芸術工科大学の合宿での箸づくり

FabCafe Hidaに常駐し広報や合宿の受け入れなどを担当する森口明子さんは、生粋の都会っ子。長年東京の会社で働いていた経験もある。「ここにいるとものづくりをしている人たちがまぶしく見えます」という。
クリエイター志望の海外の学生たちにとって、「飛騨の匠」が何百年も培ってきたものづくりの知恵や技術、哲学にはこの地でしかアクセスできない。

たとえば昨年6月、建築やメディアテクノロジーを学ぶニューヨーク、トロント、台北の学生たちが行ったデザイン合宿。
そのなかで、「西野製材所」では原木を伐ったあとの製材や乾燥について学び、家具メーカーの「飛騨産業」では木材の圧縮技術と曲げ木を、「田中建築」では柱と梁の組み合わせ方や組木の技術を、木工系学校の講師である和田賢治さんからは、組木の原点である千鳥格子を実践的に学んだ。
学生がプロジェクトを進めるにつれて、「木についてこんな内容のことを知りたい」と新しい疑問が出てくれば、周囲の師匠にいつでも質問ができた。

ある学生のグループは、古川のまちにめぐらされている水路に注目。水路の上に設置する「水力発電とIoTを利用して点灯するベンチ」を生み出した。 彼らは短期間だが飛騨古川に暮らすように滞在し、そこから得たインスピレーションを作品へと落とし込んだ。まちとクリエイターが有機的に結びついた好例となった。

水力によってLEDライトが点灯するベンチ

水力によってLEDライトが点灯するベンチ

「職人に会い、職人が暮らす風土を自分の足で感じることで、どのように考え、どのように生きてきたのかを理解できます。技術だけでなく哲学や精神に刺激を受けて初めて、自分のアイディアやビジョンなどと融合し、新しいものやことが生まれるのだと思います」

森口明子さんの肩書きは、FabCafe Hidaの“女将”

森口明子さんの肩書きは、FabCafe Hidaの“女将”

移住へのハードルをグッと下げた、美ら地球とFabCafe Hida

もちろんFabCafe Hidaができる前から、飛騨古川への移住者は少しずつ増えていた。冒頭で少し触れた観光業に従事する人々である。外国人旅行客向けのガイドツアーを行う美ら地球の白石達史さんは、飛騨古川に移住して7年になる。

Iターンである白石達史さん

Iターンである白石達史さん

美ら地球は創業10年。観光と移住の両側面から飛騨古川を発信していった。白石さんは飛騨古川と外をつなぎ、人を呼び込む「トランスレーター」として大きな役割を担う。移住促進のイベントを運営したり、飛騨市とともに移住をコンセプトにしたホームページや冊子を作ることもあるそうだ。

「移住したら、人と疎遠になるかなと想像していましたが、逆でした。都市部の友だちと会う機会は、むしろ飛騨古川に来てからのほうが増えています。遊びに来ると泊まりになるし、一人ひとりとの結びつきは、より強くなっています」

そんな中でのヒダクマの創業と、FabCafe Hidaの立ち上げ。地域とのコミュニケーションを取り続けていた美ら地球や白石さんの存在は、「クリエイターを集める」ハードルをぐんと下げた。移住者の中には「他に移住している人がいるから安心だった」と話す人もいる。飛び込んでくる人たちにとって、白石さんは心強い存在といえるだろう。

そうして、ヒダクマやFabCafe Hidaの想いに賛同したクリエイターたちが、少しずつやってきた。

FabCafe Hidaの「FABディレクター」浅岡秀亮さん

FabCafe Hidaの「FABディレクター」浅岡秀亮さん

飛騨古川に集まっているのは、木工クリエイターだけではない。
グラフィックデザイナーやクリエイティブディレクターなど、さまざまな領域のクリエイターが飛騨古川に移住をしている。

現在、古川に移住してイラストレーター/デザイナーとして活動している大田渓太郎さん。喫茶店をオープンするつもりだったが、友だちの結婚式で流す映像にイラストを描いたことで手応えを感じ、それを仕事にしてみようと思いつく。

「当時はクリエイターの友だちなんていませんでしたし、古川にイラストを描いている人なんていないだろうと思って始めたわけですが(笑)、自分が始めてみると周囲にクリエイターがたくさんいることに気がつきました。自分が発信している状況が自信になり、似た感性の仲間たちに出会えたと思います」

都会と比べると、意気投合できる仲間とも出会いやすい。実際の仕事面で優位なことももちろんある。

「飛騨古川でクリエイティブ系の仕事を頼むときは、かつては、地元であまり良くないデザインとわかりつつ頼むか、少し高めの金額を払って東京などのコンサル会社などを通して仕事を頼むか、という2つの選択肢だったようです。ところが今は、さまざまな知識を持った移住者クリエイターが多く、クオリティも上がって、金額の相談もしやすい。地元クリエイター同士がつながっているから、データのやりとりも簡単。ワンストップに近い形をとることができます」

時間の使い方も大きく変わった。大田さんは「生活と仕事のボーダーラインがぼやけているのがいい」という。

「都会にいたときは、考える時間もパソコンの前。しかし今は、家の近所を散歩しているとき、川に足をつけてのんびりしているとき、子どもと魚を捕まえているとき。そんなときにふっとイメージが湧いてきます。発想力が強くなりました」

FabCafe Hidaで談笑している大田渓太郎さん

FabCafe Hidaで談笑している大田渓太郎さん

千原誠さんは、地方では特に理解されにくそうなクリエイティブディレクターという肩書きだ。都会で働いているうちに「クリエイティブの力を使って、地元・飛騨の魅力を外へ伝えたい」と思うようになり移住した。都会にいたときと飛騨古川にいる今では、同じ仕事だとしてもバランスが異なるようだ。

「クライアントとの距離が物理的にも精神的にも近いことで、人との結びつきや思いに直接ふれることができるので、課題は見えやすくなります。その分、客観性を持つことが難しくなります」

内側の視点と外側の視点、そのバランス感を持っているのが移住者クリエイターなのかもしれない。

千原さんも、大田さんと同様に、時間の使い方が変わったという。

「自分ひとりで抱え込まず、いろいろなことを妻や(仕事のパートナーの)なっちゃんに相談して共有することで、作業効率が格段に上がりました。今のクリエイティブな仕事をする環境づくりとして、とても大事なことです」

移住して得た一番の財産は、「家族や仕事仲間とのコミュニケーションをとる時間が増えたこと」なのだという。生産性があがり、家族との時間も増えるのであればいうことない。

飛騨古川に「kongcong」という事務所を構える千原誠さん

飛騨古川に「kongcong」という事務所を構える千原誠さん

こうしたクリエイターが、美ら地球やFabCafe Hidaがあることで集まりやすくなっている。クリエイター同士が出会えば、何かが生まれる。

「都会にいたときは『飲んでいるときに仕事の話なんかするなよ』という感じだったんですが、こっちでは、仕事の話をすることがすごく多くなりましたね」と話す大田渓太郎さん。

「美ら地球」の白石さんも、「似たようなマインドの人たちが揃っていて、大体のことは実行できそうな感覚はあります」と可能性を感じている。

あらゆる選択肢があるなかで、「飛騨古川」を選ぶということ

FabCafe Hidaには、国内外から数週間だけ滞在するなどの期間限定の移住者クリエイターもやってくる。地域・国境を超えてつながるクリエイターたちの姿は、まさにLocal to Glocalそのもの。
すでに「クリエイターになるなら東京で働く」という必要はなく、クリエイティブの標準は都会でもない。どちらがいいではなく、飛騨古川はクリエイターのひとつの選択肢になったと言えるだろう。

ここに集まるみなさんの暮らしや仕事を見ていると、イメージしていた田舎暮らしとはまったく異なるものだった。地方であることのネガティブさはまったく感じられず、むしろ地方であるメリットを最大限に活かしながら、都会の人と変わらぬセンスで活動している。
「都会」の反対語である「地方」ではなく、飛騨古川は東京と同じ、ひとつの「地域」。木工の伝統が息づくまちだからこそ、“都市以上に”クリエイティブに集中できる環境がある。その暮らしは、世界中のクリエイターの目にまぶしくうつるものではないだろうか。

記事制作=コロカル編集部(マガジンハウス) 写真・動画=ただ(ゆかい)