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観光資源を未来につなげるか、伊豆半島ジオパークの挑戦

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伊豆半島ジオパーク

Sponsored by 伊豆半島ジオパーク推進協議会

配信期間:2017/10/30(月)〜11/29(水)

撮影:川島拓人

将来にわたって活気のある国を維持するために、地方創生の重要性がクローズアップされて久しい。日本各地の「名所」とされている観光地では、その観光資源をどのように守り、産業とし継続させていくかが課題となっている。海、山、温泉がそろい、年間4465万人(2015年度)もの観光客が訪れる静岡県の伊豆半島もそのひとつだ。

いかに自然を守りながら、観光交流人口の拡大を目指すか――。

伊豆半島の人々の取り組みから、観光集客と環境保全の両立に向けたヒントを探った。

「アカウミガメが上陸する浜」を守る人々

伊豆の海は環境省の調査でも「水質AA」ランクと指定され、毎年多くの観光客が訪れる。その一方で、ひっそりと同じ浜を訪れる客がいる。それがアカウミガメだ。

伊豆半島南部の海水浴場の一部には6月末~8月頭になると、アカウミガメが産卵のために上陸する。アカウミガメは希少性の高い生き物で、国外、国内ともに絶滅危惧種に指定されている。

環境学が専門の東京都市大学田中章教授によると1955年に下田市の多々戸浜で多くの稚ガメが海に帰る姿が見られており、昔からの産卵地であるものの、地元の人にもあまり知られておらず、海水浴客が砂浜にパラソルを立てるなど、知らないうちにその産卵環境を壊してしまうことがあるそうだ。

では、なぜアカウミガメはこの地を選ぶのか。

アメリカやアラスカなど北太平洋を広く回遊するアカウミガメは、産卵の時期になると東南アジア方面から黒潮にのって日本沿岸にやってくる。ちょうど黒潮が日本沿岸を離れる伊豆半島から房総半島、茨城県にかけてが産卵地の最北端となる。

伊豆半島は、アカウミガメの産卵に必要とされる砂浜、海流(黒潮)、温暖な気候がそろった地と言えるだろう。

海に帰った稚ガメが成長し、産卵期を迎え自らが生まれた浜へ戻ってくるのは早くても30年後。ということは、今年生まれたアカウミガメが産卵しに戻ってこられるようにするためには、少なくとも今後30年間、ひいてはそれ以上の長いサイクルで現在同様の環境を保ち続ける必要があるということだ。

浜辺を毎朝巡回する、ウミガメ保護監視員

南伊豆・弓ケ浜近くに住む木下幸司さん(76)は、毎年アカウミガメの産卵期になると早朝の浜辺を巡回する「南伊豆ウミガメ保護監視員」だ。

「毎年6~8月の間、朝5時からこの海岸を歩いて監視しています。町のウミガメ保護条例が1997年度に施行されてからだから、もう20年ですか」と木下さんは笑う。

撮影:下田海中水族館

「ウミガメの産卵があると、そこを掘って卵を取り出し、ウミガメの卵をふ化させるための小屋に埋め直します」と木下さんは段差ができた砂面を示してくれた。その段差は砂のなかで卵が動き出している証拠であるという。「稚ガメが砂の上に出てくるのももうすぐですよ」。

こうした木下さんたち、地元の熱心な活動によって守られた卵は無事ふ化し海へと帰っていく。

このアカウミガメの生態と産卵について、東京都市大学・田中章研究室の学生たちは2011年から下田・南伊豆で研究活動をしている。

海岸でふ化したアカウミガメの稚ガメは、海に浮かぶ月明かりを頼りに海へ帰るが、海辺の駐車場に建てられた電灯や自動販売機の明かりを月の光と間違え、海へ戻れずに死んでしまった稚ガメが発見されたこともあったという。

今年8月に開催された田中研究室のワークショップでの学部3年生・金井さんによる発表

田中研究室では砂浜の照度や障害物などの調査を手掛けたが、アカウミガメの産卵・ふ化には、海岸の砂の大きさなど、さまざまな条件が影響しているとみられ、調査を継続する意向だ。今年8月に下田市で開催された田中研究室のワークショップでは、「保全と経済活動の両立が重要」と発信された。自然環境保全と地域経済の活性化への研究の1つとして、その成果発表が待たれる。

大地が与えてくれた「海の恵み」が人と自然をつなぐ

伊豆半島の独特な自然環境は、伊豆半島の成り立ちに由来しており、その歴史は約2000万年前にさかのぼる。

かつて伊豆半島は本州から数百km南にある海底の火山群だった。その後フィリピン海プレートとともに北上し、約100万年前、本州と衝突して現在の形となった。衝突後20万年前までは半島のあちらこちらで噴火が続き、天城山や達磨山(だるまやま)といった火山が生まれ、その火山活動が落ち着くと、火山列島日本でも数少ない独立単成火山群(1回のみの噴火でできた小さな火山の集まり)の活動が始まった。

伊豆半島東海岸にある「大室山」もこの単成火山の一つ。火口から流れ出る溶岩が作り出した伊豆高原のなだらかな台地や、城ヶ崎海岸などに見られる溶岩流が造り出す複雑な地形も4000年前の大室山の噴火でできたもの。温暖多雨の溶岩台地に育つ照葉樹林とその林床から供給される多量の栄養分が漁場を創り上げている。

「自然と親しみ、自然を守りながら、それらをうまく活用し地域の活性化に繋げる」

ダイビングガイド・スクール「アクアティック・プロ」を経営する大西敏郎(46)さんも、自然を守りながら生かすことで地域を活性化しようと尽力する一人だ。

大西さんは東京で水中撮影や水中環境調査、レジャー観光などに携わり10年前に伊豆へ移住してきた。海のダイビングガイドと、ガイドの養成を行う団体「伊東ジオマリンクラブ」の発足から立ち合い、現在は会長を務めている。地質や地形など目に見える陸上の造形ではなく、“海の中から見る大地”の魅力を伝えようとしているのが特徴だ。

撮影:川島拓人

「いろんな海に潜ってきましたが、伊豆半島ってムチャクチャ特殊です」と大西さんは興奮気味に話し始めた。「まず、起伏に富んでいます。山や谷がある陸上の景色が、『海の中にもそのままある』と思ってもらっていいかもしれないです。伊豆は100m、200m離れると、海の様子もすんでいる生物も変わります。高低差のある地形のため、それぞれの水域にすむさまざまな魚に出合いやすいんです」。

日本の真ん中に位置する伊豆は、寒冷地に生息する魚も、サンゴが育つ温暖な環境にすむ魚も同時に見られる。通常サンゴがある場所に海藻は育たないが、伊豆には海藻も生え、マンタやハンマーヘッドシャーク、サンゴ礁に生息するトゲチョウチョウウオなど沖縄で見られる生き物に出合えることもある。大西さんによると伊豆半島ジオパークは「ありとあらゆる生き物がいる所」なのだという。

城ヶ崎海岸の沖合に広がる相模灘は水深1500mを超え、湾では、駿河湾に次いで日本で2番目に深い。プレートの沈み込みで生まれたこの深い海は、黒潮が入り込み、大きな河川からの入水も少ないため水の透明度が高く、また、海岸沿いの照葉樹林からは多くの栄養が供給され、溶岩の亀裂や岩陰をすみかにする生き物の絶好の場所となった。

大西さんが力を注ぐ「水中ジオロゲイニング大会」では、時間制限内に海中にある巨石や溶岩などのチェックポイントを周り、獲得ポイントの合計を競う、ダイビングと海中ジオをゲーム感覚で学び、楽しめる内容が好評。伊東ジオマリンクラブに所属する20代~60代のガイドが、その普及に努めている。

さまざまな水域にすむ豊富な魚種に出合える伊豆の海の特徴は、海中だけでなく名物料理にも通じる。

地域漁業の中核的存在の一つである、いとう漁業協同組合(以下「いとう漁協」という)が運営する食事処“波魚波(はとば)”では、浅瀬の定置網漁と深場の一本釣りで獲る金目漁など、地形を生かした漁法で揚がる、その日の朝獲られた鮮魚だけで作る「ジオ丼」を提供する。

「ジオ丼」880円。この日はイナダ、オキザワラ(切り身・すき身)、金目鯛、アジ、カツオなどが使われている

この丼に盛られる魚は、その日によって種類も品数も違う。朝獲られた地場の魚しか使わないため、ネタは日々流動的。当然イクラやサケなど伊東に揚がらない魚は一切使用しない。漁獲量が少なく傷みが早いソウダガツオなどの未利用魚も、青唐辛子と刻み合わせたタタキや刺し身で、魚場が近い伊東ならではの食べ方で提供する。そのおいしさを知ってもらいたいと店主・桑原さん。

その日、その場所でしか出合えない海の恵みを求め、多くの観光客が足を運ぶ。

岩肌に触れながら聞く解説 ジオガイドが生み出す価値とは

「今ある豊かな観光資源として最大限に生かし、関心を高め、その大切さを知ってもらう」。その最短距離となるのが、伊豆の地を訪れる人たちに、土地の食文化や自然に触れてもらうことではないか。

ジオ推進協では観光客に自然の良さを伝えるため、認定ジオガイドによるトレイルコース作りとジオガイド養成に力を入れている。

ジオ推進協保全担当の黒田利章さん(31)と同専任研究員 鈴木雄介さん(40)たちは伊豆半島の地形と自然を楽しみながら歩くためのジオトレイルマップを作成中。所要時間やルート、その場所で何が見られるかなどを盛り込み、伊豆を訪れた人が気軽に伊豆の自然と触れ合えるようなマップを目指している。

写真左/伊豆半島ジオパーク推進協議会保全担当 黒田さん、右/同専任研究員 鈴木さん

その第1弾となる城ヶ崎海岸コースは、溶岩が固まった岩石の上を歩くルートとなっている。約4000年前に噴火した大室山はたくさんの溶岩を流し、伊豆高原や城ヶ崎海岸を造った。

溶岩は亀裂などが多く水が染み込みやすいため伊豆高原には自然の川がない。数少ない川である対島川(たじまがわ)は、大室山の溶岩でできたせき止め湖から水を抜くために江戸時代に作られた人工河川。その最終地点にあるのが「対島の滝」である。海に直接流れ込む滝は珍しい。しかも雨量の多い時にしか見られず、幻の滝とも呼ばれている。

溶岩が冷え固まり六角形にひび割れてできる柱状節理(ちゅうじょうせつり)や、満潮時に入り込む海水がプールのようになる「大淀・小淀」など、ルート上には徒歩でしか見られない風景が点在している。

溶岩が冷え固まる際にひび割れてできる柱状節理

満潮時に新しい海水が流れ込む「潮だまり」である大淀

ジオ推進協ではこうした見どころを案内する伊豆半島ジオガイドの養成を2011年から始めている。必修項目である7日間の座学と4エリアの野外講座を経て認定されたジオガイドは、2017年8月時点での登録者が住民170人以上に達した(民宿やシーカヤック等のレジャー従事者を含む)。各地で活躍しているジオガイドだが、一方で高齢化という課題も。そのほか地域の魅力への理解と関心を深めてもらうため、研究員が年に約20校の地元小・中学校で課外授業を行っている。

誰もがインターネットで情報を得られるようになったが、実際の景色を目前に、その岩肌に触れながら土地の由来や歴史を紹介できるのは現地ガイドだけ。

「伊豆半島へ『遊びに来たことがある』という人は多いですが、ガイドの解説を聞きながらジオパークを体感することは新たな経験となります。みなさん、知らない伊豆に驚きますよ」と黒田さん。

100年後にも美しく魅力的な地域であるため、伊豆の魅力発信とその自然を守りながら利用していくことの大切さを次世代にも繋いでいきたい。さまざまな活動を通して人を呼び込み、自然を生かした人々の営みを持続させようと多くの人が挑戦し続けている。

取材・文:永井麻矢(スタジオムーン) 写真:川島拓人、下田海中水族館 記事制作:静岡新聞社