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ある日突然、トイレが使えなくなったら――災害時、命を左右する排せつの問題

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Sponsored by ヤフーの社会貢献

配信期間:2018/04/14(土)〜05/13(日)

今後30年以内に首都直下地震が発生する確率は70%、南海トラフ地震は70〜80%と予想されている。都市部で断水や停電、汚水処理機能が停止した場合、どのような事態が起こり得るのだろうか。

水洗トイレは流せなくなる。マンションの高層階に住んでいれば、トイレに行くたびに階段を昇り降りしなければならない――。水や食料よりも我慢ができないこのトイレ問題は、災害関連死に大きく関係していると指摘されている。トイレを我慢することで、エコノミークラス症候群などの発症リスクが高くなり、最悪の場合、死に至る可能性も考えられるからだ。

熊本地震の発生から2年になる今、災害時のトイレ問題について考えてみたい。

被災地で見たトイレ問題の深刻さ

被災地ではどれほど、トイレは問題になったのか。

熊本地震を受け熊本県教育委員会が県内の学校設置者に対して行った調査では、備えられていなかったために困った機能として「多目的トイレ」がトップ。東日本大震災でも、文部科学省の報告書によれば、避難所として利用された学校525校のうち74.7%が、問題になった施設・設備として「トイレ」を挙げている。

被災地ではトイレによるどのような問題が起きていたのか。トイレ環境を総合的に研究している、NPO法人日本トイレ研究所の加藤篤さんは東日本大震災の被災地で見たその光景を前に、「これが現実なのか……」と言葉を失ったという。

NPO法人日本トイレ研究所 代表理事 加藤篤さん(撮影:前田彩夏)

清掃の手が足りず、便器の周りだけでなく、入り口の段差まで泥などで汚れてしまった仮設トイレ。用を足すために、汚れた段差の上を四つんばいになって、はい上がらなければならなかった車椅子の高齢の女性――。「震災発生から数カ月後でまだ、この状況でした」

被災地で被災者支援を行うNPO法人レスキューストックヤードの浦野愛さんも、高齢者などがトイレで不便な思いをしたりトラブルに見舞われたりした例を数多く見てきたという。

NPO法人レスキューストックヤード 常務理事 浦野愛さん(撮影:貝原弘次)

その経験から、「排せつする環境が整わないことによって、人の尊厳が脅かされます。トイレの問題は尊厳に関わる重大な問題なのです」と警告する。

直接死の4倍の災害関連死。トイレとの関係

災害時のトイレは人間の尊厳だけでなく、命にも関わる問題だ。「災害関連死」につながる恐れもある。

トイレと災害関連死の関係(資料提供:NPO法人日本トイレ研究所)

前出の加藤さんは、こう解説する。「トイレが使えない、使えても『汚い』『怖い』『段差がある』などの理由で行きたくないと思ったら、人は水分を取ることを控えます。その結果、口の中が乾燥し、誤嚥(えん)によって肺炎になることもあります。また、水分を取らず動かないでいるとエコノミークラス症候群などの発症リスクが上がります。持病が悪化して深刻な状況となることも考えられます。これが、トイレと災害関連死の関係です」

このように、建物の倒壊などを免れて命が助かっても、その後の避難所生活でこうした原因から命を落とすケースが見られることから、「トイレの問題を解決することは、災害関連死を防ぐことにつながる」と、加藤さんは強調する。

熊本地震の災害関連死の死因内訳(熊本県発表のデータを元に作成)

熊本県が発表した熊本地震の中間報告によると、2017年末までに県内で災害関連死と認定された197人の中で最も多かった死因は呼吸器系の疾患(肺炎、気管支炎など)で、その次が循環器系の疾患(心不全、くも膜下出血など)となっている。

2018年3月12日時点で、熊本地震の災害関連死は204人。地震の直接的被害で死亡した50人の4倍以上に達している。

災害用トイレの備え「不足」自治体は69%

実際に被災した人が「トイレに行きたい」と感じるのは、地震から何時間以内なのか。東日本大震災の被災者36人から聞いた大正大学のアンケートでは、発生から「6時間以内」と答えた人が約7割という結果が出た。

一方で東日本大震災では、使えなくなった水洗トイレの代わりとなる仮設トイレが「3日以内」に避難所に行き渡った自治体は34%だったとの調査もある。被災地に仮設トイレが届くまでの時間を調べた名古屋大学のこの調査では、もっとも日数を要した自治体は65日だった。「トイレの用意にはスピードが求められる」(加藤さん)にもかかわらず、時間を要することが分かっている。

熊本地震における避難所での生活の様子(提供:日本財団)

さらに、日本トイレ研究所が2017年に86自治体を対象に実施したアンケートによると、災害用トイレの備えが「不足している」と回答した自治体は、全体の69%にのぼった。不足している理由として加藤さんは、「トイレ問題の重大さの認識不足」「備蓄しておく場所がない」「コストがかかる」の3点を挙げる。

足りない分は仮設トイレなどを調達することになるが、「仮設トイレは通常、建築現場やイベント会場などでの使用を想定しており、ストックしておくものではない。(そのため、発災後に調達することになるが)災害後は道路の状態が悪いため、持ってくるのに時間がかかる」(加藤さん)と課題も多い。

民間団体による支援

こうした中、自治体の手が届かない支援に取り組んでいるのがNPOなどの民間団体だ。

熊本地震の際、倒壊した納屋から農機具を取り出す作業を行う日本財団の災害支援チーム(提供:日本財団)

たとえばレスキューストックヤードの場合、発災直後に被災地入りした支援者が避難所を回り、トイレをチェック。障害者や高齢者といった配慮が必要な被災者がどの避難所にどれだけいるかを調査し、適切な支援を検討するという。浦野さんは「配慮が必要な人が、見落とされていることもある。民間も避難所運営に入らなければ、助かる命も助からなくなってしまう」と警鐘を鳴らす。

また、トイレは設置して終わりではなく、感染症による健康被害を防ぐためにも、使いたくなる環境整備までしっかりと考えなければならない。その上でトイレ利用のルールを徹底する必要があるが、浦野さんによると「避難所開設から2週間以上たつと、避難所に慣習ができていることが多く、新たにルールをつくるのが難しくなる」という。

企業やNPOなどと連携しながら、さまざまな支援活動を行っている公益財団法人日本財団は、熊本地震の際に、NPO法人災害医療ACT研究所への助成事業という形で、水を使わずにおいが漏れない自動ラップ式トイレ387基を熊本県内100カ所の避難所に設置。設置と同時に、医師を含むのべ246名が避難所を1カ所ずつ訪問して状況を確認し、使用方法やトイレを我慢することの弊害を説明する支援も行った。

日本財団が熊本地震の避難所に設置した自動ラップ式トイレ(提供:日本財団)

このような発災直後の支援の有無は被災者の避難生活に大きく影響するが、資金がないと専門性を持つ民間団体も思うように活動できないという課題もある。熊本地震などの被災地で支援活動に携わった日本財団災害支援チームの石川紗織さんは、「発災してから寄付金を募っていては支援活動の着手が遅くなるだけでなく、金額規模もつかめないため、支援に入る団体にとってどのような支援がいつまでできるか見通しが立てにくい」と話す。

日本財団 ソーシャルイノベーション本部経営企画部災害支援チーム 石川紗織さん(撮影:谷本恵)

こうしたことから、日本財団は2014年3月、「災害復興支援特別基金」を設置。平時から広く寄付金を募り、災害発生時に被災地を支援する団体に支援金を助成する仕組みを整えている。

トイレ問題から命を守るために、私たちにできること

主な携帯トイレ[提供:NPO法人日本トイレ研究所 災害用トイレガイド(ウェブサイト)]

一方で、被災地に支援が入るまでの間は、被災者自身による自助が不可欠だ。前出の3人は、食料や水と同様に携帯トイレの備蓄を主張する。

必要個数については、「1週間分あると安心だが、重要なのは自分が1日に何回トイレに行くかを知ること。一度、家族の分も合わせて必要量を計算しておきたい」と加藤さん。「停電や断水が起こったら、特に高層住宅ではトイレの水を流すことができず、換気や掃除、手洗いもできません。避難所では人が密集することになるので、感染症のリスクが高まります。このようなことからも携帯トイレを備えることは必須です」という。

トイレの作り方(出典:NPO法人レスキューストックヤード「避難所運営の知恵袋」)

浦野さんは、「普段のトイレを使えるのが一番。水が流せなくても、携帯トイレや、なければ袋をかぶせれば良い」と話した上で、「衛生状態を保つ、必要なときは簡易トイレをつくる、といったことを避難者ができれば、専門家は彼らにしかできない支援に回れる。トイレの維持管理は、ポイントを知っていれば誰にでもできる」と訴える。

また、支援が必要な人の、声にならない声に気づくことも重要という。

「お年寄りや障害者など立場の弱い人は、迷惑をかけたくない一心で我慢してしまうところがある」と浦野さん。「だからこそ、不安な状況に気づいて、避難所にいる一人ひとりが少しの知識と技術、配慮を元に、自信を持って『お節介を焼く』ことが大切です」

取材・文=大澤裕司 編集・構成=米本きょうこ(リベルタ) 撮影=谷本恵、貝原弘次、前田彩夏