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どんなに努力しても、親の代わりにはなれない──家庭のない子どもたちへ ある乳児院の挑戦

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Sponsored by 日本財団

配信期間:2018/6/29(金)〜7/28(土)

厚生労働省によると、日本には、さまざまな事情で実親と暮らせない18歳以下の子どもが約4万5000人いる。そのうち8割が、施設で生活しているのが現状だ。一方、海外に目を向けると、オーストラリアでは実親と暮らせない子どもの93%、アメリカでは77%が、里親などの家庭環境で暮らしている。

2016年5月、児童福祉法の抜本的な改正が行われた。最も大きな変更は、子どもが権利の主体であることを明確にしたとともに、国際的なスタンダードである「子どもはできるだけ家庭環境で、かつ“ずっと”暮らせるようにする」ことを原則と定めた点だ。

幼い子どもは、自分の環境を自分で選べない。親と一緒にいられない子どもを預かる乳児院で、子どもが乳児院ではなく家庭環境で育つようにする取り組みが始まっている。

特別養子縁組で家庭をみつけた赤ちゃん

長野県内に暮らす杉崎美保子さん(仮名・49歳)。イヤイヤ期、真っ最中の2歳9カ月の結花ちゃん(仮名)の子育てに、夫と奮闘中だ。

30代から10年以上、不妊治療を受けていた当時は「暗闇の中にいるよう」だった。次第に里親制度や養子縁組も検討し始め、2014年に児童相談所へ相談。夫婦で研修を経て里親登録をし、翌年の秋、生後1カ月半の結花ちゃんを迎えた。産みの親には育てられない事情があり、実親と法的な関係が残る普通養子縁組ではなく、戸籍上も長男・長女など実子に近い表記となる「特別養子縁組」をすることになった。

生まれた病院を経て、結花ちゃんが過ごしていた長野県上田市のうえだみなみ乳児院で対面。その時は「本当に、感激というか、感動というか……心から嬉しかった」と杉崎さんは振り返る。

養子縁組を検討し始めた当初は「なかなか決心がつかなかった」という杉崎さん。だが次第に「生みたい」より「親になりたい」気持ちが大きくなっていった。「今は、一緒に成長しているのだと思っている」と話す(イメージ:PIXTA)

日々の育児には大変なこともあるが、おしゃべりも上手になり、親の真似をしたり、テレビの真似をしたり。近隣の家庭との交流も生まれている。「毎日、楽しいですね」という反面、まだ赤ちゃんのころから、産みの親が別にいることを伝え始めてもいる。

「いざというときに、うまく伝えられなかったら……私の練習です。でも、理解できた時に、それでも私たちがいるとわかってくれる信頼を築いていけたらと思って」

結花ちゃんは、ずっと暮らせる家庭に巡り会えた。“杉崎さんちの子”になったのだ。

児童福祉法改正「子どもはなるべく家庭で」

何らかの事情で実親と暮らせなくなる子どもが、安定した家庭環境でずっと暮らせる状態になることを、児童福祉の分野では「永続的解決/パーマネンシー保障」という。前述の法改正では、「パーマネンシー保障を提供する」策として養子縁組が児童福祉に位置づけられ、また家族維持や家庭復帰が最優先とされた。この背景には、急増する虐待の問題や、国際的にも日本の里親委託率や養子縁組の件数が著しく低いことなどがある。

厚労省「社会的養護の現状について」(2014年3月)より作成。同省によると、2017年3月現在の日本の里親委託率は18.3%

法改正を受けて2017年、厚労省は家庭養育優先原則の実現に向けた「新しい社会的養育ビジョン」を発表した。その中で、7年以内に未就学児の75%以上を里親委託し、特別養子縁組の成立件数を5年間で2倍の1000件にするなどの高い目標を明記している。

実親と暮らせない子どもたちが過ごす環境には、乳児院や児童養護施設を中心とする「施設養護」と、里親や養子縁組、家庭で複数の子どもを育てるファミリーホームが該当する「家庭養護」の2種類がある。日本では、前述のように約8割の子どもが施設で暮らしている。

実親と暮らせない子どもが過ごす環境には、大きく分けて「施設養護」と「家庭養護」がある。かつての結花ちゃんのように、赤ちゃんが暮らす乳児院は全国に138カ所(2017年3月現在・厚労省)

以前も厚労省の里親委託ガイドラインで家庭が優先とはされていたが、法改正によって「なるべく実親家庭で、次に養子縁組や里親制度による家庭で、難しければできる限り家庭的な施設での代替養育」といった順位が法律で明示された。日本財団で福祉事業支援に携わる高橋恵里子さんは、「法律上で『子どもは家庭に』と書かれたことは、子どもにとって、また子どもの養育環境を整える立場にある関係者にとっても、大きなインパクトがあることでした」と話す。

日本財団 ソーシャルイノベーション本部公益事業部国内事業開発チーム チームリーダー 高橋恵里子さん(撮影:谷本恵)

「もちろん、いちばん大事なのは、『その子どもにとって何が最善の利益なのか』という視点と、子どもの意見を聴くことです。その子の年齢や経験によっては、新しい家庭で大人と密接な関係を築きにくいことがあるかもしれない。ただ、人との信頼関係を築く重要な時期である乳幼児ほど、常にそばにいる大人が必要なのは事実です」

「特定の大人」と愛着を築いていくことが大切

児童福祉研究の観点からも、子どもは家庭環境で育つのが望ましいとされている。長野大学の上鹿渡(かみかど)和宏教授は「世界的には、特に2歳以下では施設養育よりも家庭養育が子どもの発達に有効だという研究が複数示されている」と話す。

長野大学 上鹿渡和宏教授。児童精神医学と児童福祉を専門とし、厚労省の「新たな社会的養育の在り方に関する検討会」にも参加している(撮影:和田博)

上鹿渡教授によると、英米の研究では、大規模な施設での不適切な養育は子どもの発達に影響を与えるが、そのような施設から養子縁組や質の高い里親養育へ生後半年から2年までの間にできるだけ早く移行すると、改善がみられることもわかっている。

「赤ちゃんを迎えた家庭からは『生活が一変しました』という声を聴きます」と上鹿渡教授は話す。たしかに家に乳児がいると、いろいろなサインに気づいて応じなければいけないが、その絶え間ないやりとりこそが発達に必要だという。それを通して養育者は子どもの“安全基地”となり、安定した愛着関係が築かれ、自己肯定感や他者への信頼感の基礎が確立される。

「また、安全基地があることでちょっとした冒険もできるようになり、さらに発達が促されます。自分にしっかり関与してくれる“特定の大人”との愛着の形成は、成長の過程でとても大切なことなんです」

「子どもは家庭に」。それに率先して取り組んでいるのが、冒頭の結花ちゃんが新生児期を過ごした、長野県上田市のうえだみなみ乳児院だ。

うえだみなみ乳児院の入り口。食事をしたり遊んだりするメインの部屋に、寝室、小さい台所、職員の事務スペースや、体調を崩した子どもを看護する部屋などがある。高齢者施設や認定こども園を運営する社会福祉法人敬老園が、2011年に上田市から乳児院の事業委譲を受けて開設した(撮影:和田博)

うえだみなみ乳児院は、定員9名。2018年6月8日現在、0~2歳の7名が暮らしている。虐待や予期せぬ妊娠、実親に知的障害があり養育が困難とされたケースなど、同院にやってくる子どもたちの背景はさまざまだ。産後うつなどを理由に、短期間預けられることもあるという。

高齢者施設やこども園が入っている建物の2階の一部が、子どもたちの生活の場だ。人工芝が敷き詰められた広々としたテラスでは、こども園の子どもたちと一緒に遊ぶ。

家庭に近い環境を……でも施設には限界もある

寝室でお昼寝中の様子。赤ちゃん期を過ぎた子どもたちは、高い柵のあるベビーベッドではなく床に布団を敷いて就寝している(撮影:和田博)

一見、小規模な幼稚園や保育園にも似ているが、いくつかの違いに気付く。たとえば、家庭のリビングにあるようなソファやテレビ、浴槽つきの一般的なお風呂場。夜勤の職員は、夜12時まで二人、朝までは一人体制でミルクを与えたり、目を覚ましてぐずる子どもに対応したりしている。

エプロンを外した職員と一緒にお散歩へ。家庭の環境なら、公園やスーパーなどへ行くことも日常だが、ここで暮らす子どもたちにはそうした状況がないため、外出計画を立てた上でマンツーマンでの散歩を心がけているという(撮影:和田博)

「乳児院にもいろいろな考えがありますが、当院はできるだけ、家庭に近い環境にしたいと考えています」と、家庭支援専門相談員の竹内芳美さんは話す。職員は「先生」ではなく「◯◯ちゃん」などニックネームで呼ばれ、竹内さんは「ばあば」と呼ばれている。

社会福祉法人敬老園 うえだみなみ乳児院 家庭支援専門相談員 竹内芳美さん。「決まりに縛られず伸び伸びと育ってほしいと思っても、家庭のように常に親に見守られている安心感を与えてあげることは難しい」と感じているという(撮影:和田博)

だが、施設の職員は、勤務が終われば自宅に帰っていく。子どもにはそれぞれ担当がついているものの、シフト勤務のため不在の時は別の職員が対応する。一人の子どもに個別に関わるのは限界がある。

「私がカバンを持つと、子どもたちは『ばあば、バイバイ』って言うんです。帰っていくと思うんですね。だから『行ってきます』と言って出てきます。里親委託や家庭復帰で退所をする子を見ると、他の子たちは、いつも以上に甘えて不安定さを見せてきます。いくら一生懸命やっても、子どもの心は十分には満たされず、常に不安を抱えているんだろうと思います」

それでも、できる限り質の高い養育を求めようとすると、その分、人手も必要になる。しかし現行の制度では、乳児院の重要な運営費である「措置費」が、子ども一人あたりの金額で支給されている。

つまり「子どもは家庭に」と考えて里親への委託や養子縁組を進めると、子どもの数に伴って運営費が減り、健全な経営や質の高い養育が厳しくなるのだ。

新しいアプローチでつかんだ里親希望の声

そこでうえだみなみ乳児院が模索しているのが、家庭で暮らせない乳児を養育する場としての機能に加えて、里親や特別養子縁組の支援や、孤立しがちな産前産後の母子の支援といった、複数の機能を担う道だ。週末だけ預かり、実親と子どもが暮らし続けられる支援なども実践し始めている。

たとえば2017年6月、同院では「上田市に『フォスターホーム』を」と銘打ったポスターとチラシを制作して市内の店舗などに掲出の協力を仰ぎ、0~2歳の赤ちゃんを数日~数カ月預かれる人を募集した。このポスターを介してこれまでに67件の問い合わせがあり、うち15世帯が里親登録に向けて準備中だ(2018年6月8日現在)。

現在、研修の提供や里親委託後の支援体制も整えるほか、周囲の自治体へも活動の共有を進めている。

フォスターホーム募集のポスター。フォスターホームとは同院と一緒に子育てを行う養育里親の名称。より多くの人に興味を持ってもらうため「0~2歳の赤ちゃん」を「短期間」という点を入り口に里親を募集している。里親募集担当の職員が市内のスーパーや飲食店などにチラシ設置の協力を仰ぎ、イベントなども行った。(提供:うえだみなみ乳児院)

生い立ちがつながれば社会的孤立を防げる

同院の丸山充院長は「『子どもは家庭に』という取り組みを、よかれと思って始めても、我々が体力的に続けられなくなっては仕方がない」と話す。

社会福祉法人敬老園 うえだみなみ乳児院 丸山充院長。同院の取り組みの結果、県からの包括的里親支援事業の受託に続いて、産前産後母子支援の事業も受託に向けて調整中だという(撮影:和田博)

こうした新しい乳児院のあり方を確立しようとする動きは、日本財団や上鹿渡教授の支援もあり、自治体などからも評価され始めている。今年度は長野県から、包括的里親支援事業の正式な受託が決まった。

各施設にはそれぞれの方針があり、制度の問題や自治体との調整など、すぐに変わらない部分が多いのも事実だ。「だからこそ、まず自分たちが変わることで、周囲の考え方や状況が変わるきっかけになればと考えています」

また、関わる時間が長い大人がおらず、生い立ちが断片化して自分の子ども時代を知ることができないと、それが不安感につながると指摘する。

「子どもには、自分の生い立ちを知る権利があります。家庭養育は、子どもが自分の歴史を知り、将来の社会的な孤立を防ぐことにもなるのです」

同院での挑戦がひとつのモデルケースになれば、それは厚労省が示すビジョンを実現する推進力になると言える。ただ、同院がモデルになるためには「里親を支援する機能に運営費が支払われることが不可欠で、国が制度や予算の再構築に本気で取り組むことが必要」と日本財団の高橋さんは言及する。長期的な取り組みになることは否めないだろう。

高橋さんによると、特別養子縁組に比べて、里親養育はそれを必要とする子どもの数に対して希望者が圧倒的に少ないという。ただ、前述のように「短期間でも可能」とすることで「自分のできる範囲で社会貢献になるなら」と手を挙げる人もいる。

上鹿渡教授は「今後、里親や養子縁組が増えると、地域にそうした子どもたちが増えることになる」と話す。児童養護施設が学区内になかった学校は、対応や配慮を考える必要も出てくるし、地域社会の理解と見守りも不可欠だ。

「そうなると、里親や特別養子縁組がもっと皆さんの身近な話題になっていくでしょう。『自分にも関係があることだ』と自分のこととして考えられる人が増えていけば、それもまた子どもの家庭養育が進む力になるはずです」

取材・文=高島知子 編集=米本きょうこ(リベルタ) 撮影=谷本恵、和田博(半夏舎)