ここから本文です

「僕にとっては大きな一歩」――個性に寄り添う就労支援、サポステの挑戦

PR

Sponsored by 厚生労働省

配信期間:2018/12/13(木)〜2019/1/12(土)

同居する50代無職の子どもを支える80代の親。その病気や介護をきっかけに、親子が共倒れする――。昨今クローズアップされている「8050問題」は、一家無理心中という最悪の結末に至るケースもある。その現象に将来のリスクとしてさらされているのが、現在未就労のニートと呼ばれるような若者たちだ。バブル崩壊後の「就職氷河期」に直面した40代前半までの「無業者」を加えると、現在約100万人に達するとされる。

未就労の若者たちを巡る問題への関心の高まりを受けて、2006年にスタートしたのが国の就労支援「地域若者サポートステーション(略称・サポステ)事業」だ。全国に175カ所あるサポステの一つを訪ね、社会との接点を模索する若者と、それを支える人々の姿を追った。

サポステの支援で大きな一歩を踏み出したスギさん(左)=いたばし若者サポートステーション

スギさんの“春”

時折見せる笑顔が人懐っこい印象を与えるスギさん(27)=仮名=が、いたばし若者サポートステーション(東京都板橋区)を訪ねたのは2年半前の16年4月だった。

スギさんは都内で商売を営む両親の下で育った。しかし、高校卒業後は家業の手伝いをする程度で、職に就かずに20代半ばまで「実家でだらだらと過ごしてきた」という。「甘えていたんですね、親に」。スギさんは言葉少なに語る。

長く続いたその生活から抜け出す転機は、25歳を過ぎたころ。両親に強く言われたわけではないが、年齢を重ねることで「いい加減自立しなければ」という気持ちが強くなったという。当時の心境を、「仕事をしていないことに罪悪感みたいなものがあった」と振り返る。

就労案内書類の横に飾られた手作りのハロウィーングッズ。若者たちが立ち寄りやすい雰囲気づくりを心がけている

以前からなんとなく求人をみていたが、25歳を境に本腰を入れ始めたスギさん。その延長線で、国が無償で求職者に職業を紹介するハローワークにたどり着く。「サポステ」の存在は、ハローワークの職員に教えられて初めて知った。職員はスギさんにまずはサポステに行くことを勧め、行く手はずを全て整えてくれた、という。

小さな芽、育てる連携

サポステは、学生や主婦(夫)を除く、仕事をしていない15歳から39歳までの未就労の若者(「若年無業者等」)を直接の対象にした就労支援事業だ。国から事業委託を受けたNPO法人などの受託者が「サポステ」の看板を掲げ、それぞれ独自の就労支援を実施している。

ハローワークとサポステは共に厚生労働省が管轄しているが、それぞれ役割分担がある。例えば、若年無業者等がハローワークで職業紹介を受けるまでの準備段階の支援は、サポステの仕事だ。働く意思はあるもののどんな仕事に適性があるのか分からない人や、履歴書を書いたり面接したりすることのイメージがわかない人は、まずは、サポステでの支援を受けることが勧められている。

ハローワークとの連携強化が求められているサポステ。いたばし若者サポートステーションに掲示されているハローワークの案内

まさにゼロから就労活動をスタートさせたスギさんの場合、ハローワークからサポステへの“橋渡し”がなされた。

働いて得た自信

スギさんが現在の職場である都内の飲食店で働くようになったのは17年10月。サポステを訪れてから約1年半が経過していた。その間、サポステでは、第一歩を踏み出すために個別のカウンセリングやいろいろな無料セミナー・講座を受けた。これまでの人生を振り返って文章にまとめる講座は、将来を考えることにつながった。気にしていた口下手や活舌の悪さについても、コミュニケーション講座を受講することで苦手意識を克服した。フリーアナウンサーによる話し方講座で、プロの指導を受けられたことも自信を持てるきっかけになった。

飲食店では、調理の仕事をしているスギさん。サポステ訪問を経て最初の一歩を踏み出すことができた。「少しずつ仕事に慣れてきました。新人に仕事を教えることもありますよ」と手応えを語る。そしていま、さらなる一歩を考えている。不安定なバイトから、安心して働ける雇用形態の職業を目指している。

就労を果たした“サポステ卒業生”の報告書

スギさんは「ここ(サポステ)に来なければいまの僕はない。他人から見れば小さな一歩でも僕にとっては“大きな一歩”でした」と断言する。

忘れられて感じる「手応え」

5人のスタッフで運営するいたばし若者サポートステーションの総括コーディネーターは、キャリアコンサルタントの国家資格を持つ藤原健太さん(34)。漫画喫茶店員や求人広告の営業職を経て、28歳で若者支援のNPO法人に転職、サポステ業務を「天職」と呼ぶほどまでになる。開口一番「僕らの仕事は、僕らの存在が忘れられたら成功」と語る。

いたばし若者サポートステーションには17年度、さまざまな事情を抱える若者が125人訪れた。前年の16年度は159人が訪れ、およそ半数の92人が1年以内に就職。サポステ事業は利用者の「1年以内の就職」が目標で、全国のサポステの1年以内での就職率は約55%となっている。

利用者が就労した場合、サポステ側は3カ月、6カ月などの節目に近況を聞くため本人に電話する。この時、言葉少なく電話を切られるなど、仕事に打ち込んでいることがうかがえると、藤原さんは手応えを感じるという。「サポステの支援は終わって、自立への一歩を踏み出したのかなと、少し嬉しく感じます。それくらい冷たい対応をされるのは、社会に出て自立した証拠なので」

左手で電話する手ぶりをする藤原さん。受話器を手にした利用者が忙しそうに電話を切ると、支援の手応えを感じるという

もちろん失敗もある。利用者がサポステに顔を見せなくなってしまったときだ。「せっかく来てくれたのに、申し訳なかったと思う。すぐ就労に結びつかなかったとしても、せめてハローワークなど次のステップとなる支援機関に橋渡ししたかった。もっと本人の目線に立って考えてあげられていたらと、常に反省する」。サポステの限界を感じる瞬間だ。

サポステは万能ではない。支援対象は、いまのところ39歳までに限定されている(10カ所のサポステ限定で、44歳までの対象拡大を18年から試行的に実施)。就職のあっせん機能を持たないため、ハローワークはもちろん、地元自治体と協力して未就労の若者たちに職業的自立を促していかなければならない。

藤原さんは「現在年2回のハローワークとの情報・意見交換の定例会を月1回の頻度に増やしたい」と話す。制度の限度内でできることは全てやってみるつもりだ。

就活関係のたくさんの本が並ぶ、いたばし若者サポートステーションの書棚。履歴書の書き方や面接時の心構えなど、基本的なことを利用者は一つ一つ身に付けていく

凸凹を認め合う時代

サポステのスタートからすでに12年が経過した。直接の対象とする未就労の若者は、いまだに50万人台半ばの高止まりが続く。サポステはその使命を十分果たしてきたと言えるのか。

若者をはじめとした日本の貧困問題に長年取り組んできた、社会活動家で法政大教授の湯浅誠さんは「日本の職場や社会に多様性の認知が必要なことを、サポステは問題提起した」と指摘する。

「“若くて健康な日本人男性”を職場のスタンダードとしてきた日本の常識のおかしさに、いま多くの人が気付き始めている。若くて健康な日本人男性を“きれいな真四角の正方形”とすれば、高齢者や病気がちの人、女性、外国人など、そうでない“凸凹のある人々”も当然いる。これらの人々が、しんどい思いをして真四角の顔をして働かなくても済む職場や社会の在り方がいま求められている」と湯浅さん。このような時代的要請の中で、「サポステは、若者だからといってバリバリ働く者、真四角ばかりじゃないということを国が受け止めて問題に対処していくスタートになった」

ベストセラ―「反貧困」(岩波新書)から10年。「みんなそれぞれ凸凹のある存在。無理して“真四角”を装うしんどさから、多くの人が解放されたいと願っているはず」と話す湯浅さん=東京都町田市の法政大多摩キャンパス

その上で、「就労支援への特化を進めているサポステが、単体で全ての問題を解決することはできない」と指摘。「異なる役割を持つ複数の機関がネットワークを組み、より多くの対象者にリーチしていくしかない」とサポステの今後を展望する。

若者、子育て中や両親を介護中の人、地図の読めない人…。ある意味、全ての人が凸凹の存在ともいえる。この凸凹を前提に、うまくかみ合わせて社会という一つのパズルを完成させていく。それぞれの個性に寄り添うサポステの地道な挑戦は、今後も続く。

写真=とみたゆかこ